2006年10月14日 (土)

PTAについて

今日は(社)日本PTAができた日だとか。わが地域でもPTA関連イベントが2日間にわたり開催されお手伝いスタッフを経験した。

感想は、とにかく疲れた。

人にはよく言われるように、体育会系と文化系があって、私は完全な文化系。小さい頃から体育は苦手で読書が大好きな子だった。考えてみると文化系は体力はもちろんないし、どちらかといえば一人で静かに過ごすのが好きだと思う。みんなで集まって読書をするなんてあんまり考えられないし、スポーツをしないわけだからやっぱり体力がない。いや、持久力は以外にあったりするのだが、瞬発力がない。たとえば体育会系は思いっきり体を動かして熱く燃えてみんなで騒いでバタンと寝て次の日にはすっかり元気になるみたいだが、私などは長い時間起きていられるけれど、いつも出来る限り体力を使わないよう静かに生活している。

PTAはまさに体育会系。みんなで集まって何かをすることが好きな人ばかり。体力もあるし、いきいきしているし、熱い。実は何年か前に化粧品のセールスレディをしていたことがあるが、やっぱり体育会系の集まりだった。化粧品という女性らしい商品を扱うのに、売り上げ実績を競い、表彰や慰労会、とにかく熱い。営業部門というのはみんなそうなのかもしれないが、とにかく体力があって集団行動が大好きなのが体育会の特徴なのではないだろうか。

自然、PTAをひっぱるのは体育会系の資質の人たち。私たち文化系タイプはちょっとひいてしまう。朝早くから集合し、夜は飲み会、食事会、そして次の日もまた朝早くから集まる。私は前日の疲れが2日目に残ってそれはそれは辛かった。

2日間イベントに参加して、日本全国のPTAが一同に集まって意見交換できるなどのすばらしい企画があると知り、それがとても重要だということはわかった。「おやじの会」などの啓蒙もとても大切、今こそ子供たちのために全国のPTAが結束しなければならないのも理解した。

しかし、インターネットが世界を駆け巡る時代に、もっと簡単にネットワークつくりができないのだろうか、と体力なしの私は思う。講演会は実りも多かったし、意見交換、情報交換も大成功だったとは思うけれども、家にいながらにしてできないものだろうか、と思ってしまう。日本人の基礎体力は年々低下傾向にある。体育会系を増やす努力をするか、文化系のために楽な参加方法を開拓するか、その両方か、とにかくそうしなければPTAは敬遠されるばかりである。わが地域でも役員の立候補がなくて困っている。

今回のテーマで「早寝、早起き、朝ごはん」というのがあった。食育がテーマの研究会も最近は多い。私も規則正しい食生活は大切だと思うから朝からできるだけ9品目食事を心がける。糖尿病と高血圧の家系なので、小さい頃から塩分の少ない食事で育ってきた。だからお惣菜の味は嫌いであまり購入しない。が、「食事が子供の心や知能の発達にとても重要」というのは実はあまり信じていない。だって昔、栄養状態の良くない日本でもたくさんの優秀な人がいたから。朝からたくさんの食事を作れるお母さんはきっと体力も気力も充実した遺伝子をもっていて、朝からしっかり食べられる子供も体力、気力ともに充実した遺伝子を受け継いでいるのだと思う。だから何より健康な遺伝子をもった体を作ることが一番大切なのではないかと体力なしの自分の人生を振り返ってそう思う。体力があれば自然に食生活は良くなるはずだ。そして心も発達する余裕が生まれる。「健康な体には健康な魂が宿る」まさにこれ。体力を作るためのものが食事なのかもしれないが、食べ物はコンビニがこれだけ隆盛しているのに、なかなか手作りを奨励しても実際問題厳しい。各お弁当会社が栄養バランスを考えていくしかない。私は心のどこかでゴミ問題や食料不足を解消するために未来はカプセル食になってもいいとさえ思っている。栄養バランスが整っているならコンビニ弁当でもカプセル食でもいい、家族が揃って楽しく食べることの方が重要だ。そして何より体力の向上は最優先課題だと思う。何とかしてもっと子供たちの体力を向上させなければならない。そうすれば私のような体力なし子が減ってPTAで一致団結して頑張ることもできるのだろう。

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2006年10月 7日 (土)

動物園

今日は小学生の娘に誘われて(?)動物園に行った。行ってみると自分は動物園がかなり好きなのに気がついた。昨晩夜更かしをしたせいで体が重かったのに、いつの間にか元気になっていた。秋の動物園は愛がいっぱい。かわいいベビーたちもいっぱいいたし、交尾中のゾウガメさんもいた。もちろん人間もカップルやベビー連れがいっぱい。カメラの27枚撮りのフイルムを2本、私と娘であっという間に使い切った。

私は子どもの頃、いろんな生き物を飼った。海水浴に行けばヤドカリ、近くの川でザリガニ、蓑虫の蓑をはがして毛糸の中に入れたり、池ではおたまじゃくし、野原のどこにでもいた天道虫、あり、よその庭でもらった鈴虫、インコに文鳥、お祭りのみどり亀、金魚、ペットショップのハムスター、マルチーズ犬etc・・・。飼ったけれど、野生のものは大抵すぐ死んでしまう。とってきてもほとんど面倒を見なかったし。マルチーズは欲しくて欲しくて高校入学祝いに買ってもらったのだけれど結局母親が面倒を見ていた。そして7年くらい生きて死んでしまった。

私がこれだけの犠牲を払って得た教訓は「生き物を飼ってはいけない」。

もともと自分の面倒を見るのが精一杯だった私を母は何とかしようと期待したのかもしれない。でもやはり私には命を預かるのは荷が重かったのだ。生き物は自然の中で出会ってこそ本来の美しい姿である。その命を私が飼おうというのは単なる所有欲。死んでしまう姿を見るたびに後悔と深い悲しみに襲われる。本当は動物たちと一緒に暮らせるムツゴロウさんのような人に憧れるし、忠犬ハチ公のように動物と強い絆で結ばれることにも憧れる。どうして自分はそうなれないのかと情けなく思ったり、動物園の飼育係りさんに嫉妬したり。短気で自己中心的な自分を反省したり。

でも、最近は自分が生き物を飼うべきではない、と決めたので迷わなくなった。生き物は大好きなので、会いたくなったら動物園に行けばいい。それは本来の自然の姿ではないかもしれないが、野生の動物にはそうそうお目にかかれないし、動物園の飼育係りさんが心をこめて飼育している自慢の動物たちだ。飼育係りさんは自分の担当の動物について質問されるととても嬉しいのだそうだ。フラミンゴの飼育係りさんが、フラミンゴの足について小学生に詳しく説明しているのも見た。私のような動物が好きでも飼育下手の人のために何てありがたいことだろう。将来はぜひ動物園の近くに住んでフリーパスポートを買って毎日散歩したい。もちろん水族館も好きで夏休みには娘とよく出かける。こんな私でも動物たちは興味を持って近づいてきてくれる。今日もヤギが私の体に顔をすりすりしてくれて抱きしめたいくらいだった。

娘たちも生き物好きである。しょっちゅう何かを飼っている。私はできるだけ生きてくれるよう一緒にお世話をする。でもやはり狭い庭にもうお墓をつくる場所が残っていないほどたくさんの生き物を看取った。娘たちにとってこの経験がさらなる動物好きに変わるのか私のように他力本願の動物園好きに変わるのか、私が初めて育て続けられている娘2人を大切に見守っていきたいと思う。

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2006年10月 4日 (水)

介護認定

今日、義父の介護認定申請のための調査があった。義母は3年前に大腿部骨折をして介護認定1を受けている。義父は脳梗塞、胃がん、肝臓がん、甲状腺、足のひび、調査員がよくもまあ、と驚くほどに病気をもっている。しかし、義母も義父も気丈で頭は私より働きがよいように見え、調査員の質問にもてきぱきと答える。はてさてどのくらいの等級で介護認定がおりるのか。10月から基準が厳しくなったそうなので2人とも「要介護」くらいの等級になってしまうかもしれない。

同じマンションにも老人は多い。今朝も杖をつきながら大きなゴミの袋をもって階段を下りようとしているご老人を見かけた。車を運転していたので手伝えなかったが、やはり老人だけの世帯は大変だ。なぜ子ども世代と暮らさないのだろう。

私の義父義母と15年前同居を試みたことがある。しかし江戸っ子の義父は義母が「うちの天皇陛下、最近は金日生」と言うほどに怖い。1年しか同居できなかった。忍耐の足りない嫁だと反省しているが、そのころ娘が2歳でやんちゃな盛り。いけないことはちゃんと叱りたかったし、丈夫で元気な子に育てたかったのに、同居だとそれができなかった。それだけは譲れなかった。娘がCMで欲しいと言ったものはすぐに買って来るし、外を歩かせようと思ってもすぐおんぶしてしまう。少し寒いとセーターを着せズボンをはかせ、テレビは見たい放題だ。しかも目が近い。

今はスープの冷めない距離に住んでいる。育児もほぼ一段落したので今なら同居できるかもしれない。でも一度出てしまったのでその話がでることはない。幸いお隣のご夫婦がとてもいい人で、最近定年退職したご主人がゴミ出しまで手伝ってくれている。感謝だ。私もできるだけ手伝いに行けるようにと思っている。

個人差はあるだろうが70歳になって老夫婦だけというのはいけない気がする。そばで若い夫婦や子どもたちの声を聞くことは毎日の張りになるだろうし、家事にも限界があると思う。私の両親も決して「同居」を口にしない。なぜだろう。もっと頼ればいいのに。介護保険もきっといつか破綻するだろう。結局育児も介護も家族でするのが一番安上がりなのだ。自分が老人世代になったとき、人に面倒見てもらうよりわが子に頼りたい。「よろしくね」と娘に言うと「尊厳死でよろしく」と言う。まあそれもいいだろう。

私の理想は、孫ができたら「孫育て講座」に参加し最新の育児を勉強しお母さんの意見や希望を(美智子さまの成ちゃん憲法のように)十分に聞いて孫の面倒を見る。お母さんの趣味や仕事を応援する。どんどん子どもを産んでもらう。同居なら住居費や生活費が節約できる。そして地域子ども広場で子どもも老人も一緒になって遊び、趣味を楽しみ、いよいよ70歳を過ぎて体の自由がきかなくなったら格好よく辞世の句でも一句詠んで尊厳死を選択する。もちろんそれまで同居か徒歩圏に住む。これで日本は少子高齢化対策にならないだろうか?

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2006年10月 3日 (火)

かわいい子には旅をというけれど

高校生の娘は本当に家にいない。中学のときは部活と塾でいつも帰るのは10時過ぎ。高校生になってもやっぱり部活(高校では合唱部)だ、打ち上げだ、カラオケだ、と帰って来ない。小さいときから劇団に入っていて演劇大好き少女でもある。高校受験でお休みしていたその活動をまた再開し、そちらも大忙しだ。舞台発表があるとか仕事が入っているというわけでもないのに仲間と演劇論議(?)に花を咲かせているらしくなかなか帰って来ない。空手も小さい頃から習っていて、演武会だ、打ち上げだ、と11時近くなっても何の連絡もない。痺れをきらして私のほうからケータイで呼び出し、迎えに行った。「12時までには帰るつもりだった」と本人。さすがに一喝した。「女子高生が夜中の12時まで遊んでいいわけないでしょ!」と。

考えてみれば、私も外で遊ぶのは好きだった。門限はなかったがさすがに夜の12時を過ぎると母親に叱られた。しかしそれは短大のときの話だ。アルバイトに励んでは合コンやディスコに通っていた。つまり自分のお金で遊んでいたわけだし、高校生ではなかった。

いや、待てよ。高校生のときは絵の道に進もうと考えたこともあって、毎週日曜日2時間かけて街のアトリエに通っていた。それがとっても大好きで、(つまり街に行くのが)もちろん絵は真面目に習っていたけれど、寄り道はいっぱいしていたし家にはなかなか帰らなかったっけ。そういえば夫も出歩くのが大好きで、休日はほとんど家にじっとしていない。娘は外出好きの純血種かも・・・。

私も結構家にいなかったかもしれないが、それを母親に咎められた記憶がない。言われても「馬の耳に念仏」だったのか、母が放任主義だったのか。

今はわが子の遊びっぷりを見て戸惑っている。お小遣いは毎月1600円しか渡していない。それは使途を問わないお小遣い。あと必要な分は使途を明確にし、納得できるものだけ援助するようにしている。本人もできるだけお金を使わないように遊んでいるらしいから、社会体験として信用してあげるべきか。大学に行ったら一人暮らしもしたいのだという。家の手伝いすらしたことのない娘には、生活の大変さを知る機会も必要かもしれない。「かわいい子には旅をさせろ」と昔から言うではないか。それでもし何か事件にまきこまれたりしても「それがその子の運命だったと諦めて」と「積み木くずし」で刑事役の武田鉄矢が言ってたっけ。

どちらにしても、日本の学生が世界で一番勉強時間が少ないというのはわが娘を見ていると頷ける。私の高校時代は共通一次、受験戦争の全盛期だった。これでいいのだろうか。本人は「これからは大学全入時代だよ。私は大学に入ってから勉強をする」のだそうだ。一度ついた遊びグセはそうそう治らないと思うし、そもそも大学に本当に入れるのだろうか。あと2年しかない。

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2006年9月30日 (土)

ボランティア活動について

地域の安全パトロールが定着しつつある。授業後学校で開かれる地域こども広場の準備も着々と進んでいるようだ。教育委員会、学校関係者と一緒にこどもについて考えようという「子ども学会」、子育てをみんなで支えようという「子育て応援しよう会」、個人宅を解放したこども広場、外国人にベビーシッターつきで日本語を教えるボランティアなど、私の周りでは、学校、地域を中心にいろんなボランティア活動が立ち上がっている。

PTA、グランパ(地域のおじいちゃんたちの会)、社会体育振興会、みんなメンバーはとても熱心だ。集まれば熱い討議、まるで企業なみの会議、打ち合わせ、決算報告・・・。そして打ち上げ。あらゆる時間と労力、ときには私財を投入してボランティア活動を行う。

母親が安心して楽しく育児できるよう、またこどもたちの未来を一生懸命明るいものにしようとする活動に私はいつも感動する。みんながこうして活動する世の中になれば少子化も危ない事件も一気に解決するのではなかろうか。

でも・・・。私はボランティアに対して違う気持ちも抱く。日本の戦後の経済発展を思えばやはり収入を得るということこそ労働意欲につながる。私はもっと広い家に住みたいし、海外旅行もしたいからお金が要る。そのために働いて収入を得たいと思う。

つまり特に都会は優れた能力を持っている人がたくさん住んでいる。その方々がみんなボランティアで仕事をしてしまっては、若者たちが仕事をして高収入を得ようとしても厳しい状況になる。収入が少なければ購買意欲も沸かず、消費が減り必然的に街は衰退していく。実際働かない若者が増えているのだから、地域のボランティアも若者に有償で働いてもらえばいい。市や県や国は何でもボランティアを使おうとする。私たちは高い税金を払っている上に労働力まで無償で提供することになる。なんだか納得がいかない。公務員の数を減らす、給料を減らす、と国はいうが、それは逆ではないだろうか。若者に仕事を与え、給料を支払い消費を増やし活気ある街づくりが必要なのではないだろうか。軌道にのるまでの間、優秀なボランティアがつなぐのは必要だけれど、それを若い人の手に渡して若い人を育てていかないとますます少子高齢化が進みそうだ。

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2006年9月29日 (金)

お姫様だっこ

韓国ドラマが大好きな私。遅ればせながら「私の頭の中の消しゴム」をビデオで観た。チョン・ウソンの超カッコイイこと!!軽々とソン・イエジェンをお姫様だっこするシーンが3回も出てくる。外国人に日本語を教えるクラスで韓国の人に聞いたら「それはよくあること。結婚式には必ずお姫様だっこで記念撮影する」のだそうだ。中国でもフィリピンでもお姫様だっこはしないとみんなで羨やましがった。

最近、日本人の俳優ではジャニーズのタッキーとか山下君のファン。妻夫木くんも好きだし成宮くんや小栗くんもいいなあ、なんて。娘に彼氏を連れてくるならこういう感じを、と注文している。(私の彼氏になるわけじゃあないけれども)

でも、最近日本で人気の俳優さんってちょっと綺麗すぎない?娘は「あんまり野獣みたいな汗くさいヤツはいやだよ~」という。でもちょっと待って。今の日本では王子様タイプが人気で何度も軽々とお姫様だっこをしてくれるようなマッチョな男性ってモテない??韓国ドラマに出てくるようなモッチャン(筋肉モリモリ)で大地震がおきてマンションが倒壊しても軽々と壁に立ち向かって助け出してくれるような、そんな逞しい人はそうそう街に歩いていない。それどころかむしろひょろりと痩せて色白タイプが目につく。

頑張れ日本!アメリカ(「愛と青春の旅立ち」でリチャード・ギアがポーラをお姫様だっこしてた)や韓国のように!

そういえば、私の父親が病気がちな母をお姫様だっこしている姿を1度だけ見たことがある。父はとても体が大きい。その血の流れか、私も娘たちも実はお姫様だっこには不向きな体型・・・どちらかというとお姫様だっこしてあげる方かもしれない・・・そんな体型。男性に鍛えてもらうより先に私や娘たちにダイエットの必要があるかもしれない。

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2006年9月28日 (木)

曹洞宗

父の従兄弟にあたる方のお葬式がありました。告別式に僭越ながら私も父に同行いたしました。

実家は曹洞宗で、代々のお墓があるお寺から法上様に新幹線できてもらい執り行われました。曹洞宗では死んだ人はすべて仏門に入るのだそうです。ですから亡くなった方の髪を剃り、懺悔(さんげ)をし、仏様になるための「お経さん」を唱えるのだそうです。お釈迦様から達磨大師、道元へと伝わり、亡くなった方へと続く「血脈」というものが法上様から渡され戒名をいただいて最後のお別れ「献花」をします。

お葬式は「セレモニーホール」で行われました。私の田舎ではお寺でお葬式をするのですが、足はしびれるし夏は暑いし蚊がいっぱいで冬は寒いしとても大変です。都会の「セレモニーホール」は、今回は特に高齢の方が多い式でしたので、椅子席でとてもシンプルで快適なお葬式でした。お手伝いも必要ありませんでした。

でも私は昔ながらの曹洞宗のお寺の本堂に響き渡る読経と木魚、薄暗い中に浮かび上がる装飾や法上様の衣装が醸し出す不思議な雰囲気が好きでもあります。子供のころ前日のお通夜から始まって出棺の後もお酒や食べ物が用意されて故人のこと、軍隊のこと、戦後のことなどを親戚中がいつまでも話し込むのを聞いているのが好きでした。女性はお手伝いがとても大変でしたが、いつの間にか近所の人が黒いエプロンをつけて手伝ってくれていました。大きくなってお葬式の手伝いをするのが私の憧れでした。

そんな昔ながらのお葬式は街ではもうしないのでしょうね。ちょっと寂しい気もしますが田舎を出て遠く嫁いだ私には村をあげてのお葬式みたいなのは縁がなく、お墓も永代供養をしてくれる納骨堂みたいところになってしまうのかもしれません。仕方のないことで、決して「嫌」というわけではありません。

ただ、久しぶりに聞いた故郷の言葉が懐かしく、「都会は疲れますので、このあとは新幹線ですぐお寺に帰ります」と法上様がおっしゃったのが印象的でした。ちょっとホームシックになってしまいました。

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2006年9月25日 (月)

フリーデイ

先週は本当に忙しかった。「こどもの居場所つくり」を応援する「子育て応援しよう会」の打ち合わせがあった。あちらこちらで今こういう会が発足している。子育てに関心のある人はとても増えている。公立の小学校では授業後にこどもと過ごす「地域こども広場」が全国規模で始められる。教育委員会や学校関係者と一緒になって「子ども学会」なるものもできた。賛同者は多いのに、地域の協力者と学校現場と保護者をつなぐネットワークがうまくいっていない。「子育て応援しよう会」はそのネットワークつくりに力を注ぐ。しかし、なかなか一筋縄ではいかない。長い長い時間と労力が必要である。気の短い私には試練かもしれない。

区のPTA連絡協議会の定例会もあった。PTAの仕事は体育会系だ。準備のために会議用の長テーブルやいすをいくつも運ぶ。会議は長時間にわたる。文化系の私には二つ目の試練である。

ボランティアで外国人に日本語を教えることになった。外国人と日本語で意思の疎通を行うが、時折英語や中国語やそれぞれの母国語がまざる。こういう雰囲気がとても好きだ。私は日本が好きで日本語が好き。そしてそのことを世界の人に伝えるのが好き。でも、仕事として日本語教師の経験がほんの少しだけあることが、ボランティアに生きがいを見出せずにいる。なぜボランティアなのか。私の三つ目の試練である。

こどもの空手の演武会があった。選手係のお手伝いをした。子育てには手がかかる。でも手をかければ楽しいこともある。いろんなこどもと保護者に出会い、いろんな先生にであう。トーナメントの意味さえ知らなかった体育会の経験がない私には驚きの連続だ。汗と涙を間近で見た。ちょっと感動した。やっぱり子育ては楽しい。一人っ子の私には四つ目の試練ではあるが。

義父の病院に付き添った。車で病院まで行き、終わるまでそばにいて、薬局やお買い物にも付き合って自宅まで送る。介護というほどでもないが、これから先やってくるだろう介護は全て想定内だ。いとも簡単に介護している姿をこどもたちにも見せたい。やがてくるだろう自分の介護のためにも。しかし体力不足の私には五つ目の試練。

私は今まで「試練」が好きで、ストレスは自分には無縁だと自信をもっていた。ストレスがあるほうが意欲が沸くから私にとってストレスはストレスではないと。ところが、先週いろいろな試練にチャレンジしようとするたびに体調を崩した。生まれて初めての「胃腸炎」。痛み止めを飲みながらの一週間だった。誰かに愚痴をこぼすような弱虫じゃないし、立ち向かう前に逃げてしまうような弱虫じゃないと思っていた自分の体が案外頼りにならないと気づいた。もう10代、20代とは違うということも思い知った。これこそ最大の試練である。

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2006年9月17日 (日)

お月見バーガー

毎年恒例、マックの月見バーガーを食べた。(私ではなく子どもたちが)

そういえば、毎年十五夜には必ずススキを飾り、おだんごを供えて「お月見」をするのだが、今年のお月見は一体いつ???私としたことが、ついうっかり、ああ、ショック、どうやらもうとっくに満月は終わってしまったようだ。一体いつだったの?どうして誰も私に教えてくれなかったの?どうして新聞に載ってなかったの?どうしてカレンダーに書いてないの???そういえば新聞に月齢が見当たらない!

仕方がないので、随分遅れて「衣かつぎ」(さといもを皮のまま茹でて、皮をつるんとむいてわさび醤油でいただく)をつくって食べた。毎年季節の行事は欠かさないようにしているのに・・・。あーあ。

俳句や短歌を愛する私としては、十五夜どころか、十三夜、十六夜も愛でて詩っていたいはずなのに・・・。今年の夏は暑くて夏休みボケしていたせいかしらん。こうして少しずつ年中行事は廃れていくのかも。最近の若者の「へえ~、日本とアメリカって戦争してたんだ。それでどっちが勝ったの?」なんていう会話が新聞に出ていて驚いたが、そのくらいもう時代が変わってしまったのだ。確かに実はお月見とか七草がゆとか節分とかしょうぶ湯とか七夕とか、うちの実家でさえもうしない。だからこそ、私は子どもたちに日本のわびさびとか花鳥風月とか残していきたいと常々考えていたのに・・・。一度やり忘れると、もういっさいやらなくなってしまいそうだ。子どもたちも大きくなって、それぞれ忙しく関心も薄い。

私はどちらかといえば近代未来愛好家で、自然愛好家ではない。食事はカプセル食、運動はスポーツクラブやゲームのシュミレーションでも全くOKだ。森より高層ビルが好きだ。が、しかし街は造れても、自然の複雑さや美しさを作り出すことは人間には無理だ。今はまだ無理だ。モスラのモデルとなった世界最大の蛾の映像をテレビで見た。やはり自然はすごいと思った。

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2006年9月16日 (土)

かまきり

洗濯物にかまきりがひっついていた。気がつかずに部屋の中に取り込んでしまい、あとでびっくり驚いた。

我が家は決して田舎ではない。(と思う)でもマンションの敷地には緑も多いし、1階の角部屋なので、風の強い日は虫くんたちのたまり場となる。春には誕生したばかりの数百(?)と思われる子かまきりが網戸にびっしり張り付いていた。窓をあけるたびに部屋の中に子かまきりがふわふわ入ってくるのでとても困った。しばらくは部屋のあちこちで子かまきりに遭遇した。

でも、その子かまきりかどうかわからないが夏休みころには大きくなってまたまたよくベランダに現れた。そして最近秋めいてきて、すっかり大人になったかまきりがよく洗濯物にくっついている。種類はおおかまきりやこかまきり、ちょっと珍しいはらびろかまきりなど、いろいろだ。ああ、なんて自然がいっぱい!しかも最近現れるかまきりはお腹が大きくて出産も近いのだろう。

私は実は虫が大の苦手で、動きの早いゴキブリや、かゆみ攻撃をする蚊や、すぐつぶれてしまう小さな虫や、細長くてにょろにょろした虫は大嫌い。でもかまきりは好き。カッコイイ。顔つきも好き。かまもなかなかいけてる。うちには時々かみきり虫もくる。かみきり虫も長い触角と白い斑点がとてもおしゃれで大好き。あまり動かないのもいい。マンションに反響するからか夏はせみの声、今は秋の虫の声がスゴイ。でも虫の声もとても好きだ。

かまきりもかみきり虫も秋の虫も、なんだか時々私に会いにきてくれる友達のようで「私も自然の一部」なんてしみじみ感じてしまう今日このごろである。

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2006年9月15日 (金)

あったかかったこと

やっとホームページが完成した。完成したと威張れるほどの出来ではないけれども、それでもニフティのサービスセンターに何度も☎してお世話になった。みなさんとても丁寧に教えてくださる。サービスセンターの☎はなかなかつながらないけど(私みたいなお客が多いから?)いい人たちだなあと心があったかくなった。

あったかかったことと言えば、昨日義父を車で迎えに行ったとき、小雨の中傘をもっていなかった義父に通りすがりの見知らぬ人が傘をさしかけて義父が車に乗り込むのを助けてくれた。びっくりするくらいあったかくなった。

エレベーターでもあったかくなることがあった。エレベーターにたくさんの人が乗りこんだ時、「何階で降りますか」と聞いて回数ボタンを押しながら、遅く降りる人から奥に乗れるよう「じゃあ、あなたが奥の方がいいですね」とみんなに気配りをしているおじいさんがいた。おかげで混んでいたけれど、とてもスムーズに降りることができた。世の中まだまだすてたものじゃない!

最後にPTAでもとてもよく気の付く人がいる。この前、居酒屋で打ち上げがあったときも、その人はみんなが揃う前に前菜のようなものと乾杯のおつまみになるようなものをいくつか頼んでおいてくれた。おかげで乾杯のあとすぐ食べるものがあり、ゆっくり追加メニューを考えられた。私なんかみんなより先に着いてもどれを注文したらいいか迷ってしまって「いっか、みんなが揃ってから注文すれば」と思ってしまう。実際女同士の場合、集まってから決めているうちにかえってなかなか決まらず時間がかかって店員さんがイライラし、私たちの会食時間も少なくなってしまう、という会合の方が多い。「ごめんねー、勝手にいくつか注文しちゃったよ」と明るく言い放って怒り出す人はいないし、運ばれた料理もなかなか気の効いたおいしいものばかりだった。

わたしもそんな気の利くあったか人間になりたい!

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2006年9月14日 (木)

疲れた・・・

なんか1日中パソコンに向っていたら、めちゃくちゃ疲れちゃった。今は首の付け根が一番痛い・・・。

午前中、2年前につくったホームページを更新しようとしたら、パスワードも何もかもすっかり忘れちゃってて、努力したけど、どれも違うし、メモも見つからないし、どうしたらいいー(>_<)??

午後は、仕方ないから新しくホームページを作るゾ、と思いたって頑張ってみた。でも今度はリンクがうまくはれない・・・。あーもうだめ。誰か助けて。仕方ないから、取りあえずブログデビュー。こんなパソコン音痴な私を誰か立派にしてやってください・・・。

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