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2006年10月31日 (火)

「デイジー」

チョン・ウソンとチョン・ジヒョンの韓国映画「デイジー」のDVDを観た。登場人物のひとりひとりの視点、心の声を中心に物語が展開していく、3人のオムニバスのような映画だった。私はそういう手法があまり好きではないが、殺し屋役のチョン・ウソン、刑事役のイ・ソンジェ、そして二人に愛されたヘイン役のチョン・ジヒョンの3人はとても魅力的。素敵な俳優さんたちだと思う。

見所は・・・拳銃を構える時のチョン・ウソンのカッコ良さ?ウソンファンはきっとメロメロ。でも髪型は普段インタビューの時など前髪を下ろしているほうが好き。チョン・ジヒョンは本当に魅力的。自然の中にいても、アトリエの中にいても、彼と一緒にいても全部絵になっている。絵も素敵。美術を志したことがある人ならヘインのような生活にすごく憧れる。印象派のこと、自分の好きな絵画の話をしてくれる人がそばにいてくれたら嬉しくてたまらない。「ゴッホのひまわり、モネの睡蓮、ヘインのデイジー」というセリフがとても好き。そしてオランダの景色も素晴らしい。撮影出身の監督ということで、カメラワークにこだわっているのだろう。すべてが美しい。銃撃シーンが多いので、そういうシーンが嫌いな方も多いと思うが、美しく撮られていると思った。それからイ・ソンジェもなかなかいい。普通のサラリーマンのようにも見えるが拳銃を構える姿はやっぱり格好いい。殺し屋と刑事という立場で拳銃を持ちながら「お前がヘインの個展に行け」とお互い命を懸けて譲り合うシーンが好き。

全体の印象から言うと、ウソンは「私の頭の中の消しゴム」のほうが素敵だったし、ジヒョンは「イルマーレ」や「僕の彼女を紹介します」のほうが良かったし、特典も少なめだったので、ウソン&ジヒョンのコンビに熱烈なファンでなければレンタルでいいかな。

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2006年10月30日 (月)

「たったひとつの恋」ほか

秋スタートのドラマが3回目あたりにきました。

「Dr.コトー診療所」は独特な世界があってついつい観てしまう。吉岡くんのまったり感、でも見事なオペさばき、男らしい時任さん、吉岡くんと柴崎さんとの恋の行方(?)そして美しい島の映像と「青ざめた海~」で始まる中島みゆきの重いエンディング、結構好き。

「セーラー服と機関銃」は薬師丸ひろ子さんの映画が大好きだったので楽しみにしていた。現代風の軽いテンポになっていて、それはそれで今に合っていて良いと思う。何より長澤まさみちゃんがかわいい。薬師丸ひろ子さんとは違う雰囲気がかえって好感が持てる。

「嫌われ松子の一生」もかなり好き。みんながいい人だと認めているにもかかわらず、いつの間にかみんなからはじかれてしまう松子のような子って、確かにいる。「やられ」って呼ばれるのだそうだ。高校生の娘が言っていた。それでもめげず、明るくふるまっているのだが、事態は悪い方へ、悪い方へ。映画はミュージカル仕立てでテンポもドラマより良かったそうだが、私は映画を観ていないので、テレビの内山さんは松子にぴったりだと思う。映画も観て見たくなった。どうしてゴミだらけの部屋で殺されてしまうことになったのか、結末がとても楽しみである。

娘は「だめんず・うお~か~」の紀香さんが好きなようだ。「のだめ」も漫画が好きなので期待して観た。難しい原作の表現をよく再現しているなあと私はスタッフの入れ込みを評価するが、娘は「漫画のほうが登場人物がいい」と。音楽表現がもっと過激だったらなあと思ったりはする。「鉄板少女アカネ!!」は期待していなかった割には面白かった。登場人物がみんな味があっていい。

いちばん目を離せないのは「たったひとつの恋」。亀梨くんが頑張っている。ぎこちないかなあ、なんて思うけど格好いい。貧乏、そして病気、韓国ドラマのような設定がいい。綾瀬はるかちゃんもかわいい。

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2006年10月29日 (日)

子どもの体力低下問題

子どもの体力低下に関するシンポジウムに参加した。1977年代と今とでは、小中高生の摂取する脂質量や炭水化物量はむしろ減少しているのだそうだ。日本の米食離れの結果か、朝食を食べない子どもが増えているからか、食育の成果か、とにかく摂取エネルギー量は増えていないのだそうだ。にもかかわらず年々肥満は増加傾向にある。これはどういうことか。あきらかに運動不足の結果ということになる。学校の新体力テストでは、反復横とびが1メートル20センチから1メートルに減らされ、懸垂はなくなり、1000メートル走、1500メートル走はシャトルランという自分の能力に応じた距離を走るというものになった。立位体前屈や上体そらしなどは腰を痛める生徒が続出したので座って測定できるものになったそうだ。本当に運動不足としかいいようがない。

しかし、無理もない。今都会では思いっきり走りまわれる原っぱはないし、あったとしてもこんなに事件が頻発しては「遊んでおいで」とは言えない。誰かと一緒にと思っても少子化で近所に子どもはそうそういない。

それでも運動に重きを置く家庭ならば、週末の少年野球や少年サッカー、スイミングなどのスポーツクラブに子どもを通わせるだろう。しかし、少年野球や少年サッカーは送迎や役員など親の労力もかなり必要とされ、スポーツクラブなどは高額な費用がかかる。女の子の場合は地域で参加できるものが少なく、クラッシックバレーなどはさらに費用がかかる。それができる家庭とまったくできない家庭ではかなりの差がでるだろう。運動能力も勉強も二極化の進行が抑えられない。

結局、運動も習い事もきらいな子どもは家でTVゲームということになる。それをさせてしまうのは「親の怠慢」というような意見も出た。ではどうすれば?子どもを外に連れ出して一緒に遊ぶ?

運動能力だけではなく、防衛体力(風邪をひかないとか疲れにくさ)も低下傾向にある。それは規則正しい生活リズムと食生活に起因しているようだ。全国的に「早寝、早起き、朝ごはん」というスローガンのもとに生活リズムの改善と食育が叫ばれている。そこでもやはり朝ごはんを作らない、コンビニ弁当で済ますなど「母親の怠慢」が問題視されていた。もっと母親は勉強会に参加するべきだ、と。

私も子どものPTAに長くかかわってきて、勉強会や講演会に数々出席し、全ての保護者が子どものために体力作りも生活習慣も奨励されているように行うべきだということは十分納得し、賛同している。しかし、PTAの企画する行事に参加する保護者が年々減少しているというまぎれもない現実。

保護者が動かない理由はさまざまだと思うが、大きな理由を挙げるとすれば2つあると思う。ひとつはインターネットの普及で情報が簡単に手に入る時代、知識の豊富な保護者も多い。わざわざ講演会に参加しなくても勉強はできる。雑誌でも特集が組まれている。とくにPTA行事というのは一種独特な体育会系の雰囲気があってひいてしまう。なにもみんなで集まって学習しなくても一人で大丈夫という保護者。もうひとつは、本当に余裕のない保護者。金銭的にも精神的にも。これからは共働き家庭が増えていくだろうし、バブルの頃のような高収入家庭も減っていくかもしれない。高齢化で介護が大変な家庭も多い。

理想は保護者の理解だが、現実は保護者の教育は難しい。パチンコ屋に子ども連れで出かけて車内で死亡させてしまう保護者に食育してもはじまらない。子どもを虐待してしまう親にPTA参加を促しても難しい。親を教育するより先に子どもの健康と安全を守ることが先決なのだ。そういう例は特別としても、親を教育している間に子どもはどんどん大きくなってしまう。子どもの成長は大人よりうんと早いのだ。

どうすればいいのか。もちろん大人の教育は大切だ。毎日の食事日記をつけるとか、きめ細かいプログラムのPTA行事も継続するべきだ。でも、どうしてもできない親がいることを忘れないで。その場合は温かい援助の手を差し伸べようではないか。親ではなく、子どもが宝なのだから。朝ごはんが用意できない家庭なら、子どもにしっかり給食をとってもらう。そもそも給食は栄養状態の悪い家庭のためにはじまった制度なのだから。親が育児に関われない状況にあるのなら、理由を問わず知育、徳育、体育や食育を子どもに思いっきり学ばせる場所を家庭以外に作ればいい。地域には豊富な人材がある。就職したくても就職できない学生もいる。そして学校という場所がある。学校の先生以外のそういう人材に国や県や市が財政を投入してほしい。そういう温かい手を経験した子どもたちはやがて温かい手をさしのべる大人になるだろうし、仕事が増えてニートが減れば税金も増える。足りなければ今より税率が上がるのも仕方がないが、皆納得できるだろう。保護者は自分の子育てに責任を持つのは当たり前だが、たとえ行き詰っても、温かい手がたくさんある社会なら、少子化対策にもなるのではないだろうか。全てを母親のせいにされては子どもを生みたくなくなってしまうのも無理はない。今思うと、私の両親は戦時中に大変な思いで育ってきて食育なんて知らない。私は5大栄養素は学校の家庭科で習ったし、家庭料理は料理教室で習った。私の場合母親から習ったわけではない。

今時の高校生(ふらふらしていてだらしない?)になった責任も親にあるという話がでたが、高校生にもなれば親から離れて社会に出て行かなくてはならない。そのために親以外の大人の存在がとても重要だと思う。だから高校生にもなれば家以外の居場所を欲しがるし、第三者の大人を欲しがる。そのどちらも今用意されていない。つい出会い系に走ってしまったりする。

私の理想は、地域の身近にある小学校がもっと場所を提供するべきだと思う。小学校の授業が終わっても家に帰らず授業後学校にすればいいではないか。遅れている補講をするのもいいし、体をつかった遊びや手先を使う遊び、食育や保育や性教育をするのもいい。授業後学校の先生は地域の人でもいいし、高校生でもいい。ただもちろん授業後教師の研修認定制度は必要だろうが、その研修認定は13歳以上ならだれでも受けられるようなものであっていいと思う。その研修に認定されれば大人への第一歩にもなるし、一仕事終えた人の新たな場ともなるし、もちろん先生は有償。公共機関が出すのもいいし、企業がバックアップするのもいい。私はTVゲームやコンビニ弁当を否定しない。今回の食育でもコンビニ弁当に使われている添加物が悪者に指摘されていたが、添加物に関しては、例えば8000個の弁当を一度に食べれば死に至る量、つまりたとえ毎食食べても害はないとして認可されているものだと聞いた。これから世界レベルでは食料危機がくるのだそうだ。それなのに添加物なしの昔ながらの食事に戻るとは考えにくい。各ファーストフードも食育に取り組み始めた。コンビニ弁当の便利さを知ってしまった以上、排除することはできない。ならば企業が消費者のために取り組んでいくべきだろうし、実際にその傾向にある。TVゲームにしても同様に子どもとゲームの付き合い方の研究がはじまっている。教育機関は一緒に考えていく時代になってきていると思う。当然企業は学校教育のスポンサーになるべきだろう。そのことによる企業イメージのアップは大きいはずだ。

最後に、私は学校は社会性を身につける場だと思う。つまり人としての集団で生活するための基礎を築く場。食育も知育も体育も徳育も。家庭にはそれぞれの事情があり、方針がある。だから家庭に社会性を求めるのは難しい。家庭は個性を育む場だと思う。今の学校は学校で個性を育み、家庭の保護者に社会性を求めているような気がする。

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2006年10月14日 (土)

PTAについて

今日は(社)日本PTAができた日だとか。わが地域でもPTA関連イベントが2日間にわたり開催されお手伝いスタッフを経験した。

感想は、とにかく疲れた。

人にはよく言われるように、体育会系と文化系があって、私は完全な文化系。小さい頃から体育は苦手で読書が大好きな子だった。考えてみると文化系は体力はもちろんないし、どちらかといえば一人で静かに過ごすのが好きだと思う。みんなで集まって読書をするなんてあんまり考えられないし、スポーツをしないわけだからやっぱり体力がない。いや、持久力は以外にあったりするのだが、瞬発力がない。たとえば体育会系は思いっきり体を動かして熱く燃えてみんなで騒いでバタンと寝て次の日にはすっかり元気になるみたいだが、私などは長い時間起きていられるけれど、いつも出来る限り体力を使わないよう静かに生活している。

PTAはまさに体育会系。みんなで集まって何かをすることが好きな人ばかり。体力もあるし、いきいきしているし、熱い。実は何年か前に化粧品のセールスレディをしていたことがあるが、やっぱり体育会系の集まりだった。化粧品という女性らしい商品を扱うのに、売り上げ実績を競い、表彰や慰労会、とにかく熱い。営業部門というのはみんなそうなのかもしれないが、とにかく体力があって集団行動が大好きなのが体育会の特徴なのではないだろうか。

自然、PTAをひっぱるのは体育会系の資質の人たち。私たち文化系タイプはちょっとひいてしまう。朝早くから集合し、夜は飲み会、食事会、そして次の日もまた朝早くから集まる。私は前日の疲れが2日目に残ってそれはそれは辛かった。

2日間イベントに参加して、日本全国のPTAが一同に集まって意見交換できるなどのすばらしい企画があると知り、それがとても重要だということはわかった。「おやじの会」などの啓蒙もとても大切、今こそ子供たちのために全国のPTAが結束しなければならないのも理解した。

しかし、インターネットが世界を駆け巡る時代に、もっと簡単にネットワークつくりができないのだろうか、と体力なしの私は思う。講演会は実りも多かったし、意見交換、情報交換も大成功だったとは思うけれども、家にいながらにしてできないものだろうか、と思ってしまう。日本人の基礎体力は年々低下傾向にある。体育会系を増やす努力をするか、文化系のために楽な参加方法を開拓するか、その両方か、とにかくそうしなければPTAは敬遠されるばかりである。わが地域でも役員の立候補がなくて困っている。

今回のテーマで「早寝、早起き、朝ごはん」というのがあった。食育がテーマの研究会も最近は多い。私も規則正しい食生活は大切だと思うから朝からできるだけ9品目食事を心がける。糖尿病と高血圧の家系なので、小さい頃から塩分の少ない食事で育ってきた。だからお惣菜の味は嫌いであまり購入しない。が、「食事が子供の心や知能の発達にとても重要」というのは実はあまり信じていない。だって昔、栄養状態の良くない日本でもたくさんの優秀な人がいたから。朝からたくさんの食事を作れるお母さんはきっと体力も気力も充実した遺伝子をもっていて、朝からしっかり食べられる子供も体力、気力ともに充実した遺伝子を受け継いでいるのだと思う。だから何より健康な遺伝子をもった体を作ることが一番大切なのではないかと体力なしの自分の人生を振り返ってそう思う。体力があれば自然に食生活は良くなるはずだ。そして心も発達する余裕が生まれる。「健康な体には健康な魂が宿る」まさにこれ。体力を作るためのものが食事なのかもしれないが、食べ物はコンビニがこれだけ隆盛しているのに、なかなか手作りを奨励しても実際問題厳しい。各お弁当会社が栄養バランスを考えていくしかない。私は心のどこかでゴミ問題や食料不足を解消するために未来はカプセル食になってもいいとさえ思っている。栄養バランスが整っているならコンビニ弁当でもカプセル食でもいい、家族が揃って楽しく食べることの方が重要だ。そして何より体力の向上は最優先課題だと思う。何とかしてもっと子供たちの体力を向上させなければならない。そうすれば私のような体力なし子が減ってPTAで一致団結して頑張ることもできるのだろう。

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2006年10月12日 (木)

「14才の母」「僕の生きる道」

秋の新ドラマが始まった。ドラマファンなのでどれも1話目はとても楽しみに観る。

「僕の歩く道」では自閉症の主人公を剛くんが演じている。重いテーマなのでどうかな、と思ったが同じ道シリーズの「僕と彼女と彼女の生きる道」や「僕の生きる道」がとても好きだったので期待して観た。映画の「レインマン」を昔観たが、障害を持っている人を主人公にしたものは実はあまり好きではない。まずその重いイメージが涙を誘い、一生懸命生きることへのメッセージにしても、明るく生きることへのメッセージにしても、結局は本当に障害を持った人やその家族以上には語れないと思うから。だからドキュメンタリーで扱うのはとても好きだが、ドラマに仕上げるのは抵抗がある。「レインマン」もダスティンホフマンの演技は良かったしトム・クルーズは格好良かったけれど、どこかに本当でない部分があるような気がした。今回の第1回目はほとんど自閉症への理解と対処方法を丁寧にお勉強させてくれる教育番組のようだった。幼なじみで獣医の女友達に対し「絶対僕を傷つけない」とつぶやく剛くんの言葉がなにか次への展開を暗示しているのだろうか。剛くんの熱演は良かったと思う。

「14才の母」は年頃の娘を持つ母としてとても興味があった。前半の未来ちゃんは元気いっぱい走り回って「女王の教室」の続きのようにも見えたが、後半は時々確かにすごくどきっとする大人っぽい表情をしていた。妊娠検査薬を万引きして走って家に帰るシーンは本当に真に迫っていた。彼と二人で川に落ちてしまうまでのシーンもスゴイと思った。二人が前からずっと良い関係だということも短い間に伝わってきた。

でも、十代で性行為をするパターンには親の愛情欠如かもしくは単なる好奇心か、その2つのパターンが多いと聞いたことがある。本当に愛しあって、というのは説得力がない。性行為をするよりもっと二人で遊んだり将来の夢を見たりするのではないだろうか。少なくとも本当に愛しあっているなら「今時避妊ぐらいするよー」と娘。ちょっと怖いかも。

どちらにしても、この先「愛し合っていれば14才の母もあり」という展開なのか「出産は大変なので早すぎる出産はやめましょう」という展開なのか、しばらく観て行くことにしよう。

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2006年10月10日 (火)

涙そうそう

映画「涙そうそう」を観に行ってきマシタ!

泣きましたよ~。小学4年生の娘に「今日は泣くからね、ハンカチ持った?」と言いながら一緒に観にいってきました。秋休み中の学校が多いせいか、小学生を連れたお母さんの姿、中には中学生の息子とお母さんという組み合わせの観客も何組かいました。

内容は小学生にもわかりやすく、純粋な兄妹愛がテーマなので安心して子供と観ていられます。「ああ、兄ーにー、だめだめ」と観客にはいとも簡単に兄ーにーの悲しみを察知することができるので、より一層兄ーにー役の妻夫木くんと妹役の長澤まさみちゃんの号泣に同調して号泣してしまいます。とくに長澤まさみちゃんが可愛くて。二人とも韓国俳優さんに負けない涙涙のシーン。最後にでてくる沖縄のおばあの言葉と長澤まさみちゃんのきれいな涙が印象的。

兄ーにーの母親役の小泉今日子ちゃんは最初の回想シーンのみの登場で死んでしまうのですが、とても存在感があって、もう最初から泣けてしまいました。母親に「(再婚相手の連れ子である)妹を守ってあげて」と言われたことをずっと守ってきた兄ーにー。血のつながらない兄と妹の恋愛感情がテーマかなと思ったのですが、そうではなくて兄ーにーが母の言いつけを守り通すという母への愛と母や父の代わりになって妹を愛するという家族愛がテーマなのだろう、と理解しました。痛々しいほどに明るくていい人に徹する兄ーにー。母親の一言が子供に与える影響ってこんなに大きいのかな、と思ったりもしました。

映画のメンバーが「東京フレンドパーク」に出ていましたが、そのさわやかで自然な雰囲気もずっと映画に溢れていました。

私は「笑う」より「泣い」てストレスを発散させるほうなので、そういうタイプの人にはオススメの映画です。子供とでも、恋人同士でも、夫婦でも友達同士でも、一人でもオススメですが、ポイントはハンカチ(できればタオル生地の)をもってピュアな心で一緒に泣ける相手と行くのがオススメです。一緒に泣く心地よさが癖になるかもしれませんよ!

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2006年10月 7日 (土)

動物園

今日は小学生の娘に誘われて(?)動物園に行った。行ってみると自分は動物園がかなり好きなのに気がついた。昨晩夜更かしをしたせいで体が重かったのに、いつの間にか元気になっていた。秋の動物園は愛がいっぱい。かわいいベビーたちもいっぱいいたし、交尾中のゾウガメさんもいた。もちろん人間もカップルやベビー連れがいっぱい。カメラの27枚撮りのフイルムを2本、私と娘であっという間に使い切った。

私は子どもの頃、いろんな生き物を飼った。海水浴に行けばヤドカリ、近くの川でザリガニ、蓑虫の蓑をはがして毛糸の中に入れたり、池ではおたまじゃくし、野原のどこにでもいた天道虫、あり、よその庭でもらった鈴虫、インコに文鳥、お祭りのみどり亀、金魚、ペットショップのハムスター、マルチーズ犬etc・・・。飼ったけれど、野生のものは大抵すぐ死んでしまう。とってきてもほとんど面倒を見なかったし。マルチーズは欲しくて欲しくて高校入学祝いに買ってもらったのだけれど結局母親が面倒を見ていた。そして7年くらい生きて死んでしまった。

私がこれだけの犠牲を払って得た教訓は「生き物を飼ってはいけない」。

もともと自分の面倒を見るのが精一杯だった私を母は何とかしようと期待したのかもしれない。でもやはり私には命を預かるのは荷が重かったのだ。生き物は自然の中で出会ってこそ本来の美しい姿である。その命を私が飼おうというのは単なる所有欲。死んでしまう姿を見るたびに後悔と深い悲しみに襲われる。本当は動物たちと一緒に暮らせるムツゴロウさんのような人に憧れるし、忠犬ハチ公のように動物と強い絆で結ばれることにも憧れる。どうして自分はそうなれないのかと情けなく思ったり、動物園の飼育係りさんに嫉妬したり。短気で自己中心的な自分を反省したり。

でも、最近は自分が生き物を飼うべきではない、と決めたので迷わなくなった。生き物は大好きなので、会いたくなったら動物園に行けばいい。それは本来の自然の姿ではないかもしれないが、野生の動物にはそうそうお目にかかれないし、動物園の飼育係りさんが心をこめて飼育している自慢の動物たちだ。飼育係りさんは自分の担当の動物について質問されるととても嬉しいのだそうだ。フラミンゴの飼育係りさんが、フラミンゴの足について小学生に詳しく説明しているのも見た。私のような動物が好きでも飼育下手の人のために何てありがたいことだろう。将来はぜひ動物園の近くに住んでフリーパスポートを買って毎日散歩したい。もちろん水族館も好きで夏休みには娘とよく出かける。こんな私でも動物たちは興味を持って近づいてきてくれる。今日もヤギが私の体に顔をすりすりしてくれて抱きしめたいくらいだった。

娘たちも生き物好きである。しょっちゅう何かを飼っている。私はできるだけ生きてくれるよう一緒にお世話をする。でもやはり狭い庭にもうお墓をつくる場所が残っていないほどたくさんの生き物を看取った。娘たちにとってこの経験がさらなる動物好きに変わるのか私のように他力本願の動物園好きに変わるのか、私が初めて育て続けられている娘2人を大切に見守っていきたいと思う。

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2006年10月 6日 (金)

お月見PART2

すっかり終わってしまったと勘違いしていた今年のお月見が今日だとわかった。しかし今日の日本は全国的に雨マークが多い。お月様は見られそうにない。満月なんて周期的にやってくるのでなにもこの時期に限らなくても、と思ってしまう私。イメージの中にも「満月」の映像がしっかりインプットされていてわざわざ外に出かけて観なくても、と去年塾から家に帰るなり「お母さん、満月がすごくきれい」と教えてくれた娘の声にも「うーん」と応えただけで観にいかなかった。

しかし去年のお月見の月はまさに名月だったらしい。翌日の朝刊にも掲載されていたし、私が通っている俳句教室では「かぐや姫がのぼっていくような」「吸い込まれるような」月だったと話題沸騰で名月の句ばかりが並んだ。私は観にいかなかった自分を反省した。俳句と短歌が好きな人間の風上にも置けない。

 月の雨 心残りの繰り返し     きいてきいて姫

私はてっきり今年のお月見は終わってしまったものと、お月見だんごや衣被ぎをもう食べてしまった。もう一度食べなおすのもなんだか・・・。そうだ月餠にしよう。中国ではお月見のときに月餠を食べるという。私は何も入っていないほんのり甘くて塩味のお月見だんごも好きだが月餠も大好き。雨の中、買いに行くのは難儀だけれど・・・

 

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2006年10月 5日 (木)

韓流のススメ

迷っていた「マルチュク青春通り」のDVDを買ってしまった。「天国の階段」でのクォン・サンウがあまり好みじゃなかったけど、「悲しき恋歌」のクォン・サンウは切なくて大好きだったから、やっぱり買うことにした。とても良かった。言いたいこともはっきり言えずけんかは苦手。でも友達や彼女、学校生活を通して成長し一生懸命鍛えて強くなっていくクォン・サンウの演技に感動です。まさに一昔前の「青春」。ばかみたいにけんかする男の子たちに「いいなあ、男の子って」と思ってしまう。「ラヴストーリー・インハーバード」のイ・ジョンジンも格好良かったし、彼女役のハン・ガインも可愛かった。何より特典ではクォン・サンウ、イ・ジョンウン、ハン・ガイン三人の解説を聞きながら本編を観られる。撮影の裏側や3人の普段の様子が伝わってきてとても良かった。たわいのない青春の一場面だけど乱闘シーンもいっぱいでクォン・サンウの苦悩の表情、磨きあげられた上半身も見られるオススメのDVD。

DVDをつい買ってしまうのは特典がついているから。映像特典やポスター、写真集、シナリオなどなど。「豪華特典付」には弱い。

私のお気に入りのDVDはパク・シニャン、イ・ドンゴン、キム・ジョンウンの「パリの恋人」。特典プレゼントでジグゾーパズルが当たったし、出演者が韓国のバラエティ番組に出た映像も特典でついていた。イ・ドンゴンが大好きなのでこのDVDは宝物。本当に何回も観た。ベストカップル賞を取ったパク・シニャンとキム・ジョンウンの息がとても合っていてお似合い。結末の良し悪しは別にしても余りある作品。

イ・ドンゴンファンなので当然「ガラスの華」のDVDも持っている。イ・ドンゴンが自ら「下手をすると取り返しがつかなくなるセリフ」とコメントするほどクサイセリフの連発。でも、こんな絶対言ってもらえないけど本当は言って欲しい甘い言葉をイ・ドンゴンの声で聞けるのが最高に嬉しい。私はこのドラマで韓国語を覚えた。日本語訳では鳥肌が立ってしまうような場面も韓国語ならすんなり入ってくる。

「ロマンス」も好き。キム・ハヌルさんは「ガラスの華」にも出てくるがとても好きな女優さん。そしてキム・ジェウォンの可愛いこと!キラースマイルという言葉がぴったり。「ああ、こんな男の子の母になりたかった」と思ってしまう。裕福なお気楽高校生が貧乏のどん底へ、でも笑顔で頑張る姿が本当に泣かせる。

キム・ジェウォンの「マイ・ラブ・マイパッチ」もとても好き。「ロマンス」より随分成長した彼に思わずパチパチと拍手。「偉大な遺産」でもひげを生やしてやくざっぽい役を演じている。でもシリアスよりお茶目で可愛い役の方が好きだから「わが家」の彼もオススメ。ドタバタとしているけど冬ソナのパク・ソルミの弟役で、そのまた弟のイ・ヒョンジュンも可愛い。このビデオを観れば少子化なんて、と思うほどたくさん子どもが欲しくなる。イ・ヒョンジュンは「ランラン18歳」や「フルハウス」を混ぜ合わせたような「怪傑青香」(ちょっとタイトルが違ったかな?)というドラマでさわやかに主役のやんちゃな高校生を演じている。

「マイ・ラブ・パッチ」はキム・レオンが格好いい。心臓病という設定なのに走り回っている。でもそこが切ない。チャン・ナラもキュート。意地悪役のホン・ウンヒも魅力的。

「マイ・ラブ・パッチ」でキム・レオンが格好良かったから「アメノナカノ青空」も買った。私は韓流の病気設定もかなり好き。「屋根部屋のネコ」はあまり好きじゃなかったけど、「アメノナカの青空」のキム・レオンは好青年でよかった。イ・ミスクも「スキャンダル」とは全然イメージが違う素敵なお母さん役だった。

韓流の病気、事故、記憶喪失、貧乏、泥沼は結構好きで、私がオススメなのはたいていそういう要素が入っているので、明るいのが好きな人には不向きかもしれない。貧乏といえば「初恋」のヨン様。このドラマを見ていると「貧乏で何が悪いの」と思えてくる。大事なのは愛でしょ、愛!でも「若者のひなた」は暗かった。これはせっかく買ったDVDを売ってしまった。ヨン様はこのドラマが一番印象に残っていると何かのインタビューで言っていたのに。ヨン様のDVDでお気に入りは「裸足の青春」。多くは語らない男らしく切ないヨン様。自分がやくざの父を持つことを知らずに育ち警察官を目指すが父が現れて挫折。でも検事の娘を愛してしまう。彼女役で「二重スパイ」や「エンジェル・スノー」のコ・ソヨンもセリフの少ない演技がとても上手。愛する二人に言葉なんて、と思わせる。警察官の制服を着たヨン様も超凛々しい。

イ・ドンゴンが好きなので「B型の彼氏」や「ランラン18歳」「NO青春VS非夢龍」もまあまいい。どれも悲劇は起こらないので安心して楽しめる。私の好きなタイプのイ・ドンゴンではないけれど。

お気楽に観れるのは「英語完全征服」。「僕の彼女を紹介します」がとってもよかったチャン・ヒョク主演。ここではあまりパットしないけど笑える。「ひとまず走れ」はクォン・サンウとソン・スンホンの豪華キャストで目が離せない。ちょっと血まみれシーンもあるけれど高校生3人組の憎めない間抜けぶりがいい。

歴史物も結構好きだ。「茶母」はハ・ジオンが格好良かったので「デュエリスト」も買った。映像や戦闘シーンは日本の時代劇と全く違うが、そこが新鮮で面白い。でも「デュエリスト」は映像に懲りすぎて内容が・・・。カン・ドンウォンの哀愁の漂うまなざしは良かったけど。現代と過去が入り混じった「千年の恋」も好き。過去の時代のソ・ジソプが好き。

次は「デイジー」を予約している。「私の頭の中の消しゴム」のチョン・ウソンがめちゃくちゃ格好よかったから。「イルマーレ」や「僕の彼女を紹介します」が良かったチョン・ジヒョンも好き。話出せばきりがないけれど、映画、ドラマが大好きな私はまだしばらく韓流から抜け出せそうにない。洋画や邦画も大好きで観たいのだけれど。

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2006年10月 4日 (水)

介護認定

今日、義父の介護認定申請のための調査があった。義母は3年前に大腿部骨折をして介護認定1を受けている。義父は脳梗塞、胃がん、肝臓がん、甲状腺、足のひび、調査員がよくもまあ、と驚くほどに病気をもっている。しかし、義母も義父も気丈で頭は私より働きがよいように見え、調査員の質問にもてきぱきと答える。はてさてどのくらいの等級で介護認定がおりるのか。10月から基準が厳しくなったそうなので2人とも「要介護」くらいの等級になってしまうかもしれない。

同じマンションにも老人は多い。今朝も杖をつきながら大きなゴミの袋をもって階段を下りようとしているご老人を見かけた。車を運転していたので手伝えなかったが、やはり老人だけの世帯は大変だ。なぜ子ども世代と暮らさないのだろう。

私の義父義母と15年前同居を試みたことがある。しかし江戸っ子の義父は義母が「うちの天皇陛下、最近は金日生」と言うほどに怖い。1年しか同居できなかった。忍耐の足りない嫁だと反省しているが、そのころ娘が2歳でやんちゃな盛り。いけないことはちゃんと叱りたかったし、丈夫で元気な子に育てたかったのに、同居だとそれができなかった。それだけは譲れなかった。娘がCMで欲しいと言ったものはすぐに買って来るし、外を歩かせようと思ってもすぐおんぶしてしまう。少し寒いとセーターを着せズボンをはかせ、テレビは見たい放題だ。しかも目が近い。

今はスープの冷めない距離に住んでいる。育児もほぼ一段落したので今なら同居できるかもしれない。でも一度出てしまったのでその話がでることはない。幸いお隣のご夫婦がとてもいい人で、最近定年退職したご主人がゴミ出しまで手伝ってくれている。感謝だ。私もできるだけ手伝いに行けるようにと思っている。

個人差はあるだろうが70歳になって老夫婦だけというのはいけない気がする。そばで若い夫婦や子どもたちの声を聞くことは毎日の張りになるだろうし、家事にも限界があると思う。私の両親も決して「同居」を口にしない。なぜだろう。もっと頼ればいいのに。介護保険もきっといつか破綻するだろう。結局育児も介護も家族でするのが一番安上がりなのだ。自分が老人世代になったとき、人に面倒見てもらうよりわが子に頼りたい。「よろしくね」と娘に言うと「尊厳死でよろしく」と言う。まあそれもいいだろう。

私の理想は、孫ができたら「孫育て講座」に参加し最新の育児を勉強しお母さんの意見や希望を(美智子さまの成ちゃん憲法のように)十分に聞いて孫の面倒を見る。お母さんの趣味や仕事を応援する。どんどん子どもを産んでもらう。同居なら住居費や生活費が節約できる。そして地域子ども広場で子どもも老人も一緒になって遊び、趣味を楽しみ、いよいよ70歳を過ぎて体の自由がきかなくなったら格好よく辞世の句でも一句詠んで尊厳死を選択する。もちろんそれまで同居か徒歩圏に住む。これで日本は少子高齢化対策にならないだろうか?

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2006年10月 3日 (火)

かわいい子には旅をというけれど

高校生の娘は本当に家にいない。中学のときは部活と塾でいつも帰るのは10時過ぎ。高校生になってもやっぱり部活(高校では合唱部)だ、打ち上げだ、カラオケだ、と帰って来ない。小さいときから劇団に入っていて演劇大好き少女でもある。高校受験でお休みしていたその活動をまた再開し、そちらも大忙しだ。舞台発表があるとか仕事が入っているというわけでもないのに仲間と演劇論議(?)に花を咲かせているらしくなかなか帰って来ない。空手も小さい頃から習っていて、演武会だ、打ち上げだ、と11時近くなっても何の連絡もない。痺れをきらして私のほうからケータイで呼び出し、迎えに行った。「12時までには帰るつもりだった」と本人。さすがに一喝した。「女子高生が夜中の12時まで遊んでいいわけないでしょ!」と。

考えてみれば、私も外で遊ぶのは好きだった。門限はなかったがさすがに夜の12時を過ぎると母親に叱られた。しかしそれは短大のときの話だ。アルバイトに励んでは合コンやディスコに通っていた。つまり自分のお金で遊んでいたわけだし、高校生ではなかった。

いや、待てよ。高校生のときは絵の道に進もうと考えたこともあって、毎週日曜日2時間かけて街のアトリエに通っていた。それがとっても大好きで、(つまり街に行くのが)もちろん絵は真面目に習っていたけれど、寄り道はいっぱいしていたし家にはなかなか帰らなかったっけ。そういえば夫も出歩くのが大好きで、休日はほとんど家にじっとしていない。娘は外出好きの純血種かも・・・。

私も結構家にいなかったかもしれないが、それを母親に咎められた記憶がない。言われても「馬の耳に念仏」だったのか、母が放任主義だったのか。

今はわが子の遊びっぷりを見て戸惑っている。お小遣いは毎月1600円しか渡していない。それは使途を問わないお小遣い。あと必要な分は使途を明確にし、納得できるものだけ援助するようにしている。本人もできるだけお金を使わないように遊んでいるらしいから、社会体験として信用してあげるべきか。大学に行ったら一人暮らしもしたいのだという。家の手伝いすらしたことのない娘には、生活の大変さを知る機会も必要かもしれない。「かわいい子には旅をさせろ」と昔から言うではないか。それでもし何か事件にまきこまれたりしても「それがその子の運命だったと諦めて」と「積み木くずし」で刑事役の武田鉄矢が言ってたっけ。

どちらにしても、日本の学生が世界で一番勉強時間が少ないというのはわが娘を見ていると頷ける。私の高校時代は共通一次、受験戦争の全盛期だった。これでいいのだろうか。本人は「これからは大学全入時代だよ。私は大学に入ってから勉強をする」のだそうだ。一度ついた遊びグセはそうそう治らないと思うし、そもそも大学に本当に入れるのだろうか。あと2年しかない。

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